NDXA Members Profile

 

 

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CALLSIGN QRA QTH
J A 3 G F A  山地 敦
  奈良県大和郡山市

 

 

JA3GFA局の無線設備
写真左は1991年の設置以来現在も使用中のリグ一式です。
トランシーバーはケンウッドのTS950SDX、リニァアンプは
日本無線のJRL2000Fのラインナップで500ワット出力です。
パソコンはJ AとDXを併せて約65000局のログ管理とDX局の
運用情報の収集、DXコールブック、インターネットへのアクセス、e‐メール、写真の加工、保存などに使用して
います。写真右は現在使用中のアンテナシステムでクランクアップタワーは愛知タワーのATK20で伸縮高さは
8メートルから20メートルの間任意でシャックからタワーの伸縮、アンテナビーム方向の可変設定が可能です。
アンテナは国産のナガラ製で最上段はA‐410=28MHz、中段はTD‐3040=7、10MHz、下段はT2-5DX=
14、21MHzです。最上段のアンテナは地上高約25メートルです。1991年の台風によるタワーの倒壊事故を
経験したので強風時には細心の注意を払い台風時は予報を参考にタワーを最低位置まで下げ降ろしています。                  
アンテナのメンテナンスはタワーのワーキングステージと屋根上を足場に安全第一を心がけて実施しています。
JA3GFAのプロフィ-ル
QRA 日本名は 山地 敦 で Yamaji Atsushi=ヤマジ アツシ と発音します。DXQSOではQRAを
TOMY=トミー と称しています。名前の敦 は中国-甘粛省の北西部にある都市 敦煌 が日本語読みでは 
TOM KOU=トンコウ と発音することからその TOMをもじって TOMY=トミー と称している由来です。 
QTH 〒639-1024 奈良県大和郡山市南井町19-84   グリッドロケーター=PM74VP
アマチュア無線の略歴
1934年02月 台湾台北市で出生 (本籍地は香川県)
1962年12月 電話級アマチュア無線技士の資格取得
1963年09月 アマチュア無線局=JA3GFA局開設 At 大阪市西淀川区出来島町
1973年04月 奈良県大和郡山市の現住所にQSY
1987年06月 第2級アマチュア無線技士資格取得
1987年11月 全日本1万局よみうりアワード受賞
1988年06月 第1級アマチュア無線技士資格取得
1989年11月 空中線電力500ワットの無線局免許取得
1990年01月 世界1万局よみうりアワードに挑戦、本格的にDXQSO開始
1991年04月 NDXA=奈良DXアソシェーションに入会
2005年06月 世界1万局よみうりアワード審査合格の連絡(合格通知書は2008年08月26日付で受領)
2005年07月 DXCCアワード、オナーロールに挑戦のためのDXQSO開始
2013年10月 世界一万局よみうりアワード受賞(審査合格連絡から7年、合格通知書受領から4年目)
2013年10月 DXCCアワード(残り29)、オナーロール(残り19)に挑戦中
JA3GFAのコメント
開局以来10ワットの空中線電力で全日本1万局よみうりアワードの取得を目標に日本人1万人から1万枚の
QSLカードを取得するため国内QSOに専念していたのですがアンテナ設備が貧弱であったこと、それにも増して
ローパワーの悲哀で電波が思うように飛んでくれずアワードの完成までに24年の歳月を費やしてしまいました。
上級資格を取得してパワーアップすればアワード完成までの時間をもっと短縮することができたのではないかと
思ったこともありましたがあくまでも初志の10ワットの空中線電力でアワードを取得しなければとのこだわりで
大変な道草を喰ってしまいました。
以下は1987年11月18日に取得した全日本1万局よみうりアワードと副賞のトロフィーと世界時計です。
全日本1万局よみうりアワード完成の一年くらい前から次なる目標を世界1万局よみうりアワードに定めて
トップライセンスの取得、英会話のレッスン、無線設備のグレードアップ、さらには空中線電力500ワットの
無線局免許取得を経て本格的にDX局とのQSOを始めたのは1990年からでした。ハイパワー局の宿命とも
いえる近隣のテレビ、ラジオ、電話などの受信障害=インターフェアーは私の場合もご他聞に漏れずで自宅
から半径50mの範囲内の28軒の近隣の家は言うに及ばずで電気通信監理局の落成検査までに13件の
対策を要し以来このかた20余年の間に16軒と併せて延べ30件近い受信障害対策を余儀なくされました。
私のハム人生はまさにインターフェアーとの戦いであったといっても過言ではありません。プライバシー尊重を
云々されるご時勢に自己責任以外で起因する受信障害除去のために他人にプライバシーを開示するという
矛盾に対して訪問拒否があってもやむを得ないところでしたが幸いにも良き近隣の方々に恵まれて受信障害
対策に快く応じてもらえたことと無線設備のグレードアップにしぶしぶながらも多額の軍資金を提供してくれた
XYLには感謝の念でいっぱいです。
恵まれた私の無線環境のなかで1998年09月に唯一アマチュア無線の存続に関わるピンチが訪れました。
それは大型台風による鉄塔の倒壊事故で建築後半年の隣家の屋根の一部を損傷させたことでした。鉄塔は
伸長時25m、降縮時8m、最上段のアンテナは地上高29mのクランクアップタワーでしたが台風襲来時には
鉄塔を20m迄降縮していました。鉄塔は耐風速35m/秒の設計でしたがその台風はこの地方に例を見ない
風速55m/秒の予想だにしなかった超大型台風でひとたまりもなく以下の写真の如き惨状でした。当時私は
その年の4月から自宅家屋の建替え工事で家族とともに徒歩10分程の仮住まいに居住しており新築家屋は
竣工直前の鉄塔倒壊事故でした。工事中は鉄塔を8mまで降縮していたのですが家屋の竣工直前で前々日
以来工事機材、残材搬出にクレーンを吊上げ、旋回使用するために鉄塔を20mに伸長していました。その上
台風の前日夕刻には工事用仮設電源まで撤去した状態での被災でした。鉄塔を8mまで降縮しておけばこの
事故は回避できたはずですが台風当日には鉄塔を動作させる電源がなく鉄塔を20mに伸長状態で台風の
猛威に晒したのが事故の要因です。仮設電源喪失は隣家のコンセントから借用などの手段があったのですが
すべてあとの祭りでした。鉄塔の倒壊でアンテナが隣家の屋根に倒れこみ屋根の庇の一部を破損させた件は
台風の経過後謝罪に出向き指定された業者に修理をさせる約足をして了承をえました。近接する隣家なので
日頃から懇意にしていたお蔭で破損したアンテナの撤去や屋根の修理作業を容易に短期間で完了することが
できました。問題の修理費用は損害保険で全て賄うことができて保険加入の重要性を再認識したところです。
残る問題は倒壊の危険性がある鉄塔の再建が出来るかの問題でしたが隣接する7軒の方々に更新の鉄塔は
建築確認申請をして奈良県の審査合格の製品を設置するので倒壊の危険性は極めて少ないことを力説して
了解を取り付けました。下記の写真は左から建替え工事中の自宅、倒壊した鉄塔、隣家の屋根を破損させた
アンテナ、新しい鉄塔の吊り込み設置作業、新しいアンテナの取付作業です。今回の鉄塔倒壊事故の復旧費、
隣家の屋根の修理費用の殆どは損害保険に加入していたお蔭で我家の大蔵省であるXYLの金庫からの出費
がなくラッキーでした。
強風、台風時は鉄塔に
ご用心が今回の教訓です。

世界1万局よみうりアワードはDX局を呼ぶQSOではなくDX局に呼んでもらうQSOをしたので同一局との重複
QSOが避けられず絶対数1万枚のQSLカードを取得するために3万局を超えるQSOが必要でした。アワードの
要件には1万枚のQSLカードの所持とそのQSLカードにはITU制定のITUゾーン(全75ゾーン)70ゾーン以上、
ARRL制定のDXCC(全340エンティティ)200エンティティ以上、六大洲と南極の7地域からの7QSLカードが
含まれていなければならないことでした。私は2004年までにこのアワード要件を満たすQSLカードを所持して
いたので早速申請書を作製して2004年12月に読売新聞社東京本社よみうりアワード事務局へ提出しました。
同事務局からは2005年6月27日付でアワードの審査結果アワード要件を充足しているので同日付で合格の
書類作製に着手した旨記載の書類を受領しました。よみうりアワードの表彰式は通常5年毎で次回は2009年の
挙行予定かと思い長期待機を覚悟しました。2008年8月に同事務局から世界第67号と記載の合格通知書が届き
来年こそは受賞と期待したのですが2009年は表彰式の連絡がなく表彰式が挙行されたのは合格連絡からなんと
8年目の2013年10月でした。今回の世界1万局よみうりアワード受賞者は10名で私はアワード創設以来67番目
(今回受賞者のトップ)でした。今回の表彰式は大阪と東京の2会場で大阪は世界一万局3名、全日本一万局8名
の受賞でした。年令も80を数え元気な間に目標が達成できて幸運でした。以下は受賞した賞状、副賞品類です。
私のハム人生における最後の目標は世界1万局よみうりアワードへの挑戦と同時スタートのDXCCアワードと
オナーロールの取得への挑戦です。DXCCアワードはアメリカのDX Century Club が発行しているアワードで
2012年現在ARRL(アメリカ無線連盟)制定の341エンティティが存在してその全エンティティのQSLカードが
必要です。オナーロールはDXCCより条件が緩和された10エンティティ少ない331エンティティのQSLカードが
必要です。私は既に312エンティティのQSLカードを取得しているので残り29エンティティのQSLカードが必要
です。ところがこの29エンティティは絶海の孤島やサンゴ礁などのほか戦乱や国情でハムの活動が禁止されて
いるエンティティです。これらのエンティティからQSLカードを取得するには唯一5~10年またはそれ以上の年毎
に訪れる奇特なハムのペディション=移動運用による交信に頼る方法しかありません。例えそのペディションが
あったとしても世界中のハムが私と同様に交信を求めて一斉にそのペディション局をコールするので酷いパイル
アップになり交信成立は至難の技でまさに運次第です。このような状況下では私が必要とする29エンティティは
おろかオナーロールでさえ完成日の予測は不可能です。それでも一縷の希望を持ち月刊 CQ HAM Radio誌の
DXニュースとかインターネットのDXSCAPE に表示されるペディションの情報収集に努めると同時に所属している
NDXA=Nara DX Association のOM各局からの情報を参考にしながら
未コンファームのエンティティを追い求め頑張っています。右の写真は
ARRLが定める341エンティティのうちの100エンティティ以上でDXCC
アワード申請して承認された場合に贈呈されるDXCC会員資格証です。
一般に日本人男性の平均寿命は79才といわれていますが当年80才
の私はサイレントキーまでに全エンティティは無理だとしても残りが19
エンティティのオナーロールだけでも取得したいのですが可否は不明
です。何故なら私の寿命は神のみぞ知るだからです。コマーシャルは
54年間続いた電気設備管理業を2008年に廃業してからこの方毎日
が休日になりました。私の残りの人生は現在の健康状態を維持しつつ
趣味のアマチュア無線を続けられるようにと願っています。
写真上右は1965年から1972年の間に発行したQSLカードです。デスク上は9R59、TX88A、SV1(VFO)の
ラインでA3モード、10ワット出力でした。ラックの中段は自作の送信機(終段807シングル)及び変調器(6CA7
プッシュブル)で上段はそれらの電源函で運用の度に家中のテレビ、ラジオの視聴ができなくなるほどのインター
フェアーが発生するので運用実績は皆無の単なる飾りでした。手前の書籍は1970年度版のJA10万局掲載の
コールブックです。ハム人口は少ないのにも関わらず7MHz帯は酷い混信でした。写真左は現在発行している
QSLカードで1996年に大量購入したものです。カラー印刷は高価なので白黒印刷で1枚のコストは4円30銭
と格安に購入しました。開局当時の自作主体の無線設備からメーカー製の無線設備に代わり更に年代とともに
性能、価格が更新されて2000年以降の無線機器は隔世の感ありでただただ時代の流れを痛感しています。
機会があればBKしてください。FBDXを祈ります。 Best 88 & 73
                                                  2013年10月 De JA3GFA